神戸地方裁判所 昭和31年(レ)179号 判決 1958年12月23日
控訴人 中島十三江
被控訴人 佐藤留子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
(双方の申立)
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
(被控訴人の主張)
一、被控訴人は昭和二〇年八月頃訴外藤田藤男からその所有する別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と称する)を賃料一ケ月二三円の定めで賃借し、当時その引渡を受けた。
二、被控訴人は昭和二一年五月本件家屋階下店舗の内約一坪(別紙目録図面中斜線の部分、以下本件店舗と称する)を訴外鈴木芳雄に賃料一日五円の約で転貸したところ、鈴木は同年九月前記藤田より本件家屋を買受け、同時に被控訴人に対する賃貸人の地位を承継したので、以後本件家屋の賃貸人であると共に本件店舗の転借人の地位をもあわせ有することになつた。
三、しかるに、右鈴木はその後本件店舗を被控訴人に無断で控訴人に再転貸したので、被控訴人は昭和二七年三月鈴木に対し無断再転貸を理由に本件店舗転貸借契約を解除すると共に、被控訴人に対抗し得る権原なくして本件店舗を占有し被控訴人の本件家屋賃借権の行使を妨害する控訴人に対し右賃借権にもとずき本件店舗の明渡を求めるものである。
四、控訴人の抗弁事実中、被控訴人が訴外飯島幹雄を控訴人主張の日時以前から同居させていることは認めるが、同訴外人は被控訴人の内縁の夫であり、無断転貸をしているのではない。
その余の抗弁事実はすべてこれを否認する。
(控訴人の主張)
一、控訴人が本件店舗を占有使用していることは認める。
二、被控訴人は現在本件店舗の賃借権を有しない。
即ち、
(一)、訴外鈴木芳雄が本件家屋の所有権を取得し、併せて同家屋につき賃貸人の地位を承継した際、賃借人たる被控訴人との間で本件店舗の賃貸借契約を同意解除した。
(二)仮に右解除の事実が認められないとしても、昭和二七年九月右鈴木より本件家屋の所有権の譲渡を受け同時に本件家屋賃貸人たる地位を承継した訴外坂田武男は被控訴人に対し、同人が訴外飯島幹雄を本件家屋に無断同居せしめていたので、同年一一月四日無断転貸を理由に契約解除の意思表示をし、本件家屋賃貸借契約はここに解除された。仮に右意思表示が無断転貸を理由とする契約解除の意思表示でなく、正当理由にもとずく解約の申入であるとしても、申入後六ケ月を経た同二八年五月四日右賃貸借契約は解約されたので、いずれにしても、当然本件店舗についても被控訴人の賃借権は消滅した。
(三)、仮に右両事実が認められないとしても、被控訴人は右坂田に対し昭和三〇年六月一日以降家賃を支払わないので、同訴外人は同年七月三日到達の内容証明便をもつて被控訴人に対し同年六月分家賃金二、〇〇〇円及び同年七月一日以降は一ケ月金三、〇〇〇円に値上をし同月分金三、〇〇〇円合計金五、〇〇〇円の支払を催告し、且右郵便受領の日から三日以内に支払わないときは本件家屋賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたところ、被控訴人は右期限に家賃を支払わなかつたので、同月六日の経過と共に右賃貸借契約は解除され、よつて本件店舗についての被控訴人の賃借権も消滅した。
三、右の抗弁がいずれも理由なく、仮に被控訴人が現在本件店舗の賃借権を有するとしても、
(一)、不動産賃借権にもとずく妨害排除請求は同賃借権が対抗要件を具備するか法の認める優先的効力を有する場合に限り認められるものであるところ、本件店舗を訴外鈴木に転貸したときから被控訴人は同店舗の占有を失つており、従つて本件店舗賃借権は対抗要件を欠き、これにもとずく妨害排除請求は許されない。
(二)、仮にしからずとするも、控訴人は昭和二六年一〇月頃当時本件店舗の転借人であつた訴外鈴木から同店舗を再転借し、その頃同店舗の改造をしたところ、被控訴人はこれに協力しもつて右再転借を承認したので、控訴人の本件店舗の占有は正権原にもとずく。
(三)、仮に右承認が認められないとしても、右鈴木は本件店舗の転借人でありながら同時に本件家屋を所有し且被控訴人に対しその賃貸人たる地位にあるので、本件店舗の使用収益につきある程度の自由処分権を有するものであり、右再転貸の事実をもつて直ちに背信行為とはなし難く、前記不承諾を理由に契約解除をなすことは権利の濫用であつて、到底許容し得ざるものである。
(証拠)
被控訴代理人は、甲第一号証の一乃至六、第二号証、第三、四号証の各一、二を提出し、原審証人鈴木静子、当審証人鈴木芳雄の各証言、控訴本人(当審第一回)、被控訴本人(原審及び当審第一、二回)各尋問の結果を援用し、乙第一乃至三号証の成立を認め、第四号証の成立を否認し、第五号証は確定日附の部分の成立のみ認めその余は不知、第六号証及び第七号証の一乃至七はいずれも不知と述べた。
控訴代理人は、乙第一乃至第六号証、第七号証の一乃至七を提出し、原審及び当審証人鈴木芳雄、同坂田武男、当審証人鈴木美喜子、同二宮勇の各証言及び控訴本人尋問(原審及び当審第一、二回)の結果を援用し、甲各号証の成立を認めた。
理由
一、控訴人が現在本件店舗を占有使用していることは当事者間に争がない。
二、成立に争のない甲第一号証の三乃至六、第二号証、第三号証の一、二、原審並びに当審証人鈴木芳雄、当審証人二宮勇の各証言、被控訴人本人尋問(原審並びに当審第一回)及び控訴人本人尋問(原審及び当審第一回)の結果を綜合すれば、本件家屋はもと訴外藤田藤男の所有であつて、被控訴人は昭和二〇年八月頃藤田から家賃一ケ月金二三円で期限の定めなく借受け、同二一年五月頃訴外鈴木芳雄に右家屋の一部にあたる店舗を賃料一日五円の割で転貸したところ、同訴外人は同年九月頃本件家屋を藤田より買受け、同時に同家屋につき賃貸人の地位を承継したこと、控訴人において同二六年一〇月頃鈴木より本件店舗を賃借して占有使用するに至つたこと及び被控訴人は同二七年三月頃右を被控訴人に無断で転貸したものであるとして鈴木に対し本件店舗転貸借契約解除の意思表示をしたことを、それぞれ認めることができる。
三、控訴人は、被控訴人において現在本件店舗の賃借権を有しない旨主張し、
(一)、鈴木が本件家屋の賃貸人になつた際、被控訴人と合意で本件店舗の賃貸借契約を解除したと抗争するので、この点につき判断する。
控訴人の全立証をもつてしても、鈴木被控訴人間に明示による契約解除の意思表示のあつたことは認められない(当審証人鈴木芳雄同鈴木美喜子の各証言のうち、右認定に反する部分は作為的であつて措信できない)。
前顕甲第一号証の五、六、原審並びに当審証人鈴木芳雄、当審証人鈴木美喜子の各証言及び被控訴人本人尋問(原審並びに当審第一、二回)の結果を綜合すれば、鈴木は本件家屋の所有権を取得した際、今後は本件店舗を被控訴人から転借するまでもなく所有者として当然にこれを任意に使用処分できるものと考え、被控訴人に所有権取得の通知をすると同時に本件店舗転借料を支払わなくなつたこと、被控訴人もまた転貸料の請求乃至はこれと被控訴人の支払うべき本件家屋の家賃との差引勘定をする旨を申し出ず、従来どおり家賃を供託してきたことが認められるが、これらの事実をもつてしてもいまだに鈴木被控訴人間に本件店舗賃貸借契約の黙示による合意解除があつたとは推認し難く、反つて、本件家屋のうち本件店舗を除いた残存部分につき改めて何の取決めをしたこともなく、被控訴人において依然従来どおりの家賃を供託している事実と、当時鈴木被控訴人間に本件家屋賃貸借につき紛争があり、両者間に和諧協調のととのう余地の少なかつたこととをあわせ考えると、当時控訴人主張のごとき合意解除があつたものとは到底認め難い。
(二)、次に、被控訴人は本件家屋に訴外飯島幹雄を同居させていたので、鈴木より賃貸人の地位を承継した訴外坂田武男は、無断転貸を理由に本件家屋賃貸借契約解除の意思表示をしたとの抗弁、及び仮に右意思表示が正当事由にもとずく解約申入と解されるものであつたとしても、申入後六ケ月を経て右賃貸借契約は解約されたとの抗弁につき判断する。
被控訴人が同二七年一一月頃以前より右飯島を本件家屋に同居させていることは当事者間に争がなく、前顕甲第二号証、成立に争のない乙第一号証及び原審証人坂田武男の証言を綜合すれば、同年九月頃鈴木より本件家屋を買受け同時に賃貸人の地位も承継した訴外坂田武男は被控訴人に対し同年一〇月二四日頃内容証明便で本件家屋明渡の意思表示をし、右内容証明便は同年一一月四日到達したことが認められるが、右が無断転貸を理由とする解除の意思表示であるとは認め難く、むしろこれは正当事由にもとずく解約の申入と解する余地があるが、右正当事由の存在につき控訴人において何ら立証がないので、右抗弁は採用できない。
(三)、更に控訴人は、訴外坂田において昭和三〇年七月三日被控訴人に対し家賃支払の催告及び停止条件付契約解除の意思表示をし、同月六日の経過と共に右条件は成就したので、本件家屋賃貸借契約は解除されたと抗弁し、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は仮に右事実ありとしても右解除は権利の濫用として許すべからざるものであるとしてこれを争うことが認められるので、この点につき判断する。
前顕甲第一号証の五、六、第二号証、第三号の一、乙第一号証、成立に争のない甲第四号証の一、二、乙第二、三号証、原審並びに当審証人坂田武男、同鈴木芳雄の各証言及び被控訴人本人尋問(原審及び当審第一、二回)の結果を綜合すると、次のごとき事実を認定することができる。
即ち、訴外鈴木が本件家屋の所有権を取得し且賃貸人の地位を承継した後、被控訴人との間に本件家屋賃借権の存在につき争が生じ、鈴木は被控訴人の持参した家賃を受領しなかつたので、被控訴人は鈴木に対し家賃を供託してきたところ、鈴木は同二七年九月頃本件家屋の所有権を訴外坂田に譲渡し、坂田もまた被控訴人の賃借権を争い、坂田の賃貸する被控訴人の隣家には屡々家賃の取立に赴きながら被控訴人に対してはこれを請求しなかつたので、被控訴人は引続き坂田に対し家賃を供託し、坂田は同二九年末までは右供託金を受領していたものであるが、被控訴人は同三〇年に入るも前同様一ケ月金二、〇〇〇円の割で同二九年一二月同三〇年一、二月分を同年二月に、同年三、四、五月分を同年五月に各供託したところ、坂田より前記家賃支払の催告及び停止条件付契約解除の意思表示を受けたのであつて、被控訴人は従来のいきさつより考えこれをもつて坂田に誠意がなくいやがらせにすぎないものと解し、その催告に応ずることなく、従前どおり同年六、七、八月分を同年八月二九日に供託したものであり、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
よつて考えるに、そもそも賃貸借は賃貸人賃借人相互の信頼関係を基礎とし、互に右信頼関係をくつがえさざる義務を負い、一方の行為により右関係を破壊するに至つて、或は債務不履行とし、或は無断転貸として、他方に契約の解除権を与うるものとするところ、被控訴人において期限に家賃を持参しなかつた点債務不履行の存すること明らかであるが、坂田被控訴人間に本件賃貸借につき争があり、坂田は近隣に家賃の取立に赴きながら被控訴人方に立寄ることなく(右契約は家賃取立の特約につき主張なく従つて持参債務であると解せられるが、以前より鈴木と被控訴人の間には賃貸借の存否につき争があり、そのため控訴人は従来家賃を供託しており、鈴木の地位を継ぎ同様これを争う坂田に対しても被控訴人は引続き家賃を供託している有様であり、坂田においてもし家賃受領の意思があれば被控訴人にこれを持参するよう請求するのが相当でありながら、これをなさず、しかも近隣の店子に対してはこれを取立に赴きながら被控訴人方に立寄らない事実に徴すれば、被控訴人の右持参債務の不履行は必ずしもこれをもつて信頼関係に影響を及ぼすべき重大な義務違反とは考えられない)、しかも被控訴人の供託する家賃を二年余にわたつて受領し、爾後も引続き被控訴人において家賃を供託するであろうことが充分に予想されながら、事前に何らの話合もせず突然に家賃の値上を一方的に通告すると共に(値上の当否はさておき)その履行を催告したのであつてみれば、被控訴人においてこれを誠意なきもの、いやがらせなりと解するもやむを得ず、依然三ケ月分の家賃をとりまとめて供託したとしても、その債務不履行は程度軽微にして賃貸借の信頼関係に影響なきものと認められ、一方坂田においてその請求の期限に被控訴人が履行をなさないため、直ちに賃貸借契約を解除するがごときは、まさに信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許すべからざるものと云わねばならない。よつて、控訴人の右抗弁もまた採用するに由ない。
以上判示したごとく、被控訴人において現在本件店舗の賃借権を有しないとする控訴人の抗弁はいずれも理由がないこと明らかである。
四、控訴人は、更に、被控訴人において現在本件店舗の賃借権を有するとしても、
(一)、右賃借権は対抗要件を具備しないのでこれにもとずいては妨害排除請求をなし得ないから、本件請求は失当であると抗争するので、この点につき判断する。
思うに、不動産賃借権は我が法制上債権として取扱われているので、物権侵害に対する物権的請求権のごとき侵害排除請求権は債権の一般的性質としてはこれを認めることは困難であろう。しかし不動産賃借権はその特長として目的物を継続的に使用収益し、その社会的機能の面よりこれを考察すれば、所有権もしくは地上権と殆ど差異はなく、共に社会経済上重要な機能を営むものであるから、これに物権的保護を加えることもまた理由のあることであり、最高裁判所は近時幾多の判決をもつて(昭和二八・一二・一八、同二九・二・五、同二九・六・一七、同三〇・四・五等各判決)、不動産賃借権が対抗要件を具備するかまたは法の認める優先的効力を有するときは物権的効力即ち排他的効力を生じ、妨害排除請求権を取得するに至るとの見解を明らかにした。従つて建物賃借権においては建物の引渡を受ければ対抗要件を具備するに至るのであるから、その後賃借人において賃借権の侵害に対し妨害排除もしくは妨害予防請求をなし得ることは明らかである。しかしながら、右の理は賃借権の目的物を奪われた際の目的物返還請求についてもまた直ちに妥当するとは限らない。何となれば、この場合には賃借人は侵奪者の行為によつて一旦占有を喪失するのであり、元来登記により充分の公示をなさしめて、はじめて対抗要件を取得すべき建物賃借権において、賃借人の保護のため特に占有という簡易な方法で対抗力を附与しているのであるから、これを失つたときまで賃借人になお物権的請求権を与えるのは第三者の法律的地位を不当に弱化し、ひいては社会の法的安全を害する結果を招来する虞があるとも考えられるからである。かかる場合には占有回収の訴にもとずいてのみ目的物の追求をすべきであるとも解せられ、右の理論にも傾聴すべき点の存すること否定し得ない。しかしながら、建物賃借権は間接占有によつても対抗力を有するものと解せられるのであるから、もともと公示方法としては極めて不完全であり、一歩を進めて占有を全く喪失した場合を想定してもこれによつて不安におちいる第三者の地位は間接占有の場合のそれと殆ど逕庭ないものといわねばならないし、又例えば賃借権の存する建物につき後に家主と賃貸借契約を結んだ第三者が実力をもつて占有を獲得した場合、これに対しては単に従前の賃借人は占有訴権をもつてのみその返還を請求し得るとするのは、不動産賃借権の物権化を求める近時の社会的要請にかんがみ、あまりに賃借人の保護に薄く、仮に賃借権の権能を右の範囲にとどめるならば建物の不足に悩む現在社会においては右のごとき事例はまま起るのではないかとも憂慮される次第であるし、且また同様建物賃借権の対抗要件の一である登記の場合においても、それが賃借権者の意思にもとずかずして抹消された場合には、その登記の回復をまたずして賃借権を第三者に対抗し得ると解せられるのであるから、賃借人が賃借建物の占有をその意思にもとずかずして侵奪せられた場合にも、右賃借権にもとずき返還請求権を行使し得るものと解するのが相当である。
よつて本件につき判断するに、さきに判示したごとく被控訴人は昭和二〇年八月頃藤田より本件家屋を賃借してその引渡を受け、同二一年五月頃鈴木に本件店舗を転貸したものであり、その時から被控訴人は本件店舗につき直接占有を失つたものであること、まことに控訴人主張のとおりであるが、しかしながら前示のごとく、建物賃借権は間接占有によつてもなお対抗力を有すると解すべきであるから、鈴木に転貸後本件店舗につき間接占有を有する被控訴人はなお本件店舗賃借権につき対抗力を有するものというべく、従つて控訴人の抗弁のうち、鈴木に転貸したときから本件店舗賃借権は対抗力を失つたとする部分の失当なること論を俟たない。しかして、被控訴人の本件店舗賃借権の存在を争う控訴人の抗弁はさきに判示したごとくいずれも理由がなく、従つて被控訴人において今なお右賃借権を有するものと認めざるを得ないので、現在控訴人の直接占有する本件店舗につき被控訴人もまた間接占有(控訴人が適法な再転借権を有する場合)を有するか、もしくはその意思にもとずかずして占有を侵奪された状態(控訴人が適法な再転借権を有しない場合)にあるかのいずれかであり、そのいずれの場合においても控訴人において本件店舗賃借権にもとずき物権的請求権(前者の場合は妨害排除及び妨害予防請求権、後者の場合は侵奪物返還請求権)を有すること、さきに判示したとおりであるから、被控訴人の本件店舗賃借権は現在対抗要件を欠くので、これにもとずく物権的請求は許されないとする控訴人の主張は結局理由がない。
(二)、次に、控訴人は本件店舗を被控訴人の承諾を得て適法に再転借したとの抗弁につき判断する。
被控訴人本人尋問(原審並びに当審第一、二回)及び控訴人本人尋問(当審第一回)の結果を綜合すると、控訴人において昭和二七年三月中旬頃本件店舗の天井の張替工事をしたことが認められるが、右工事を被控訴人において許容した事実はこれを認めるに足る証拠がなく(これに反する控訴人の供述は次に判示するとおり、甲第三号証の二と対比すれば、その容易に措信し難いこと論を俟たない)、前顕甲第三号証の二によれば、被控訴人は当時控訴人に対し本件店舗の使用を止めるよう申し入れていることが認められ、反つて右工事に対し積極的に異議を申し出ていたとさえ認められる次第であるから、右工事の許容をもつて本件店舗再転借につき被控訴人の承諾ありとする控訴人の主張は到底採用するに困難である。
(三)、最後に控訴人は、鈴木は本件店舗の転借人でこそあれ、他方本件家屋の所有者なのであるから、本件店舗の使用収益につきある程度の自由処分権を有することは当然であり、被控訴人に無断で本件店舗を控訴人に再転貸したからといつて、被控訴人において本件店舗転借契約を解除するのは権利の濫用であると主張するので、この点につき判断する。
控訴人が本件店舗を占有使用するに至つた昭和二六年一〇月頃、鈴木は本件家屋の所有者であり且本件店舗の転借人であつたことは前にも判示したごとく控訴人主張のとおりであるが、しかし家屋転借人がその家屋につき所有権を取得したとしても、転借権は混同により消滅すべきものでもなく、転借人は依然転貸人に対し転貸借より生ずる各種の義務を負担していることは改めて論ずるまでもない。従つて所有者たる転借人もまた転貸人に対し信頼関係を裏切らざる責務を有するものと云うべく、これを裏切り転貸人に無断で再転貸したとすれば、これを理由に転貸人において転貸借契約を解除するも、これを不当とはなし難く、他に信頼関係を破壊するに至らずとする特段の主張のない本件においては、単に転借人が所有者であるの故をもつてのみでは、被控訴人の転貸借契約解除が権利の濫用であるとする理由に乏しい。
五、よつて控訴人の抗弁はいずれも理由がなく、結局控訴人において被控訴人に対抗し得べき何らの権原なくして本件店舗を占有していると認められるので、控訴人に対し右店舗の明渡を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので民訴法第三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用については同法第八九条第九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 乾久治 白井守夫 武田正彦)
目録
神戸市灘区森後町三丁目一八、二三、二四番地上
家屋番号四五番ノ二
一、木造瓦葺二階建店舗 一棟
建坪一〇坪一合
外二階坪八坪六合五勺
図<省略>